クリスタル

クリスタル

 科学あるいは科学技術の話題についての読み切りです。紹介は,論文調とします。出典を引用文献として明記します。引用の氏名等に敬称はつけません。

 正確な情報発信に努めますが,考え違いや間違いがないとは言えません。間違いに気づけば,その都度訂正します。公開や訂正の日付を原稿の最後尾に付記します。お読みくださった皆様に誤りなどをご指摘いただければ大変うれしいです。感想もお寄せいただければうれしいです。

長野県南信工科短期大学校
 大石修治
〒399-4511長野県上伊那郡南箕輪村8304-190
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目次

  1. 大石修治,柳沢裕二,千葉隆史:塩化ナトリウム(食塩,塩) ~ 南信で塩が~ (平成29年6月30日)
  2. 大石修治,手嶋勝弥:フラックス法 ~簡便な設備できれいな 結晶を~ (平成29年7月12日)
  3. 大石修治:ダイヤモンドをつくる ~約150年を経て実現~  (平成29年7月24日)
  4. 大石修治,柳沢裕二:水の硬度 ~硬度って何~  (平成29年7月28日)
  5. 大石修治:凍結乾燥法 ~熱を加えない乾燥~ (平成29年9月1日)

凍結乾燥法 ~熱を加えない乾燥~

大石修治(校長)

 

1 はじめに

 乾燥とは,物質に含まれている水分がなくなることである。乾燥した油揚げ,豆腐,ネギや海草などに味噌を加えてお椀に入れ,お湯を注いで完成・・・味噌汁を少ない手間でおいしく食べることができる。その具は凍結乾燥(フリーズドライ)されている。変質しやすい食品などを加熱しないで水分を除去して乾燥させるために,軽量化が実現できるだけでなく,色,味,香りなどの変化を最小限に抑えることができる。長期保存が可能になり,水を加えると元に近い状態に戻すことができる。凍結乾燥法は,食品のほかにも,医薬品やセラミックスなどの分野でも用いられている。近年では,水の被害を受けた史料や書籍などの修復にも凍結乾燥法が用いられているようである1)
 日常の生活で経験するように,常温常圧では液体である水が蒸発(気化)して乾燥する。凍結乾燥法では,低い圧力の下に固体である氷が直接気体になる(昇華)。液体の状態から出発し,固体からの直接の乾燥が可能である。
 本稿では,まず,凍結乾燥法と密接に関連する水の状態図を説明する。次いで,水の状態図を巧みに利用する凍結乾燥法を述べる。

 

2 水の状態図

 状態図(相図とも言う)は,温度,圧力および化学組成をパラメータとして,安定な相の存在領域を示す図である。ある物質が周囲の環境と平衡状態にあるとき,どの相が存在するかを示している。
 水(H2O)の状態図を図1に示す。

[caption id="attachment_2753" align="aligncenter" width="400"] 図1 水の模式的状態図[/caption]

水は1成分系であるので,状態図の縦軸は圧力,横軸は温度で表示する。水は,温度-圧力に依存して,固相(氷),液相(水)と気相(水蒸気)の3相に分けられる。状態図を氷,水と水蒸気の三つの領域に分けている相境界曲線は,曲線ATで示す昇華圧曲線(固相の蒸気圧曲線),曲線TBCで示す蒸気圧曲線(液相の蒸気圧曲線)と曲線TDEで示す融解曲線(または,凝固曲線)である。例えば,曲線AT上では氷と水蒸気が共存する。点TとCは定点であり,それぞれ三重点(0.0075℃,4.58 mmHg)と臨界点(374℃,218気圧)である。点Tにおいては,氷,水および水蒸気の3相が共存する。
 図1から明らかなように,氷の融点は圧力に依存する。高圧力になるほど,融点は低い。1気圧のときには,点Dで示す0℃で氷が融け始め,点Bで示す100℃で水が沸騰し始める。

 

3 凍結乾燥法

 水の相変化を実に巧みに利用した凍結乾燥法の操作プロセスを図2に示す。凍結乾燥法は,次の手順で行われる。状態(1)の水の温度を下げて,氷の状態(2) とする。次に温度を一定にしたままで減圧して(3)の状態にする。最後に減圧のまま(3)から(4)へと徐々に昇温すると,氷が昇華する。氷から水蒸気が抜け,乾燥する。低温での乾燥が可能なために,熱に不安定な物質や水分の多い状態では不安定な物質の乾燥に適している。インスタント食品の普及で,魚肉類から野菜などの食品の乾燥に広く用いられている。製品は芳香や風味に優れ,復水性にも富む。
 凍結乾燥法を無機材料化学の分野で使うこともできる2)。ある物質を溶解した水溶液の状態図(図2,破線で示す)の蒸気圧曲線と融解曲線は,凝固点降下と沸点上昇のために,水の状態図のそれら(図2,実線)のすぐ下側に位置する。上記の凍結乾燥の操作プロセスを実施すると,氷が昇華し,ある物質の微粒粉末を調製できる。

[caption id="attachment_2752" align="aligncenter" width="400"] 図2 凍結乾燥法の操作プロセス[/caption]

4 おわりに

 凍結乾燥法は,低い圧力の下に固体である氷の昇華によって乾燥させる技術である。水の相変化を巧みに利用した技術である。低温で加熱なしでの乾燥が大きな特長である。食品や薬品などの多くの分野で使われている。

 

参考文献

  1. フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:フリーズドライ
  2. 平野眞一,中 重治:セラミックスの化学―現象から原理へ―;セラミックス編集委員会講座小委員会編,技報堂 (1982) pp.38-68.
(2017年9月1日)

水の硬度 ~硬度って何~

大石修治(校長),柳沢裕二(機械・生産技術科講師)

 

1 はじめに

 モース(Mohs)硬度10はダイヤモンド(C),9はコランダム(Al2O3),8はトパズ(Al2SiO4F2)……。良く知られているように,モース硬度は10種類の標準鉱物に柔らかい方から番号をつけている。鉱物の硬度は,標準鉱物のどれによって引っかき傷をつけることができるかで決まる。機械工学の分野では,他の物質を接触させて変形を加えたときにその物質が示す抵抗を数値で表し,硬さとしている。

 ペットボトル入りの天然水(ナチュラルミネラルウォーター)を購入した。ラベルの栄養表示を見ると,表1のような記載があった。100 mL(Lはリットル。l,lやℓと書くこともある。)当たりの含有量の最下段に硬度21 mg/Lと表示されている。どうも,水の硬度は鉱物や機械工学の分野で使う硬度とは意味が全く異なるようである。


 水に硬さや軟らかさがあるのであろうか。水の硬度とはいったい何であろうか。水の硬度は,どのようにして求めるのか。水の硬度は日常生活とどのような関係があるのか。本稿では,それらを述べる。

2 水の硬度

 硬度は,水質の重要な指標の一つである。水中のカルシウムイオン(Ca2+)とマグネシウムイオン(Mg2+)の量を対応する炭酸カルシウム(CaCO3)の量に換算して水1L中のmg数で表す1,2,3)。このmg数が比較的大きい水を硬水,小さいと軟水という。水中のカルシウムやマグネシウムは,イオンとして存在し,主に岩石や土壌からの溶出による。

 硬水と軟水の区別は,世界保健機関(WHO)によると,次のようである3)

0 mg/L≦軟水<60 mg/L
60 mg/L≦中程度の軟水<120 mg/L
120 mg/L≦硬水<180 mg/L
180 mg/L≦非常な硬水

また,硬水と軟水のおよその目安として次の記載もある5)

40 mg/L以下きわめて軟水
40~80 mg/L 軟水
80~120 mg/Lやや軟水
120~180 mg/Lやや硬水
180~300 mg/L硬水
300 mg/L以上きわめて硬水

 これらの例からも明らかなように,硬水と軟水の区別の仕方や数値はおよその目安のようであり,明確には確立していないようである。

3 水の硬度の求め方

 水に含まれるカルシウムイオンとマグネシウムイオンを測定するには,諸々の機器分析法やキレート滴定法がある1,2)。EDTA(エチレンジアミン四酢酸,ethylenediamine tetraacetic acid)を用いるキレート滴定での定量が最も簡便である1,2)。その際に用いる器具は,ビュレット,ホールピペット,駒込みピペット,三角フラスコやミニスパーテルなどである。試薬は,EDTA標準溶液,NH3-NH4Cl緩衝液,EBT指示薬,水酸化カリウム(KOH)とNN指示薬である。実験操作は,参考文献の1)や2)に詳しい説明がある。

 EDTA滴定による実験の結果,天然水100 mL中にカルシウムが0.50 mg,マグネシウムが0.20 mg含まれていたとする。水1 L中には,カルシウムが5.0 mg,マグネシウムが2.0 mgが存在することになる。なお,カルシウムとマグネシウムの原子量はそれぞれ40.078と24.3050であり,炭酸カルシウムの式量は100.1である4)

 まず,水1 L中のカルシウムの量を炭酸カルシウムの量に換算する。

5.0×100.1/40.078=12.5 mg

続いて,水1 L中のマグネシウムの量を炭酸カルシウムの量に換算する。

2.0×100.1/24.3050=8.2 mg

 したがって,この天然水の硬度は,12.5 mg+8.2 mgであり,21 mg/Lとなる。この天然水は軟水であることがわかる。

 ラベルの栄養表示を見て,簡便に硬度を計算するには次の式を用いると便利である。

硬度(mg/L)=カルシウム量(mg/L)×2.5+マグネシウム量(mg/L)×4.1

  1. 水1 L中のカルシウムとマグネシウムを求める。通常は,水100 mL中での濃度が表示されているので含有量を10倍する。
  2.  カルシウムの量を2.5(≒100.1÷40.078)倍する。12.5 mgとなる。
  3.  マグネシウムの量を4.1(≒100.1÷24.3050)倍する。8.2 mgとなる。
  4. 2と3で求めた値を足し合わせる。

前述の水の硬度は,21 mg/Lとなる(5×2.5+2×4.1=20.7)。

4 水の硬度と日常生活

 日本の水は,沖縄県などの一部地域を除き,軟水が多い。ヨーロッパやアメリカの水はほとんどが硬水である3)。水道水の水質基準は,300 mg/L以下である2)。おいしいと感じる水の硬度は,他の条件にも依存するけれども,10~100 mg/Lである5)

 水質と食生活には密接な関係がある。軟水系の日本では,日本料理での素材の持っている味を出している。硬水系のヨーロッパや中国料理では,硬度成分を除いたり,ソース味を用いたりしている。軟水は緑茶や紅茶に適している5)。日本酒の場合,軟水の方では発酵が穏やかに進み,甘口の酒造りに適している。硬水は辛口の酒造りに適している6)

 硬水は石鹸が泡立たない。軟水ではよく泡立ち,洗濯に適している6)

5 おわりに

 水の硬度は,水中のカルシウムイオンとマグネシウムイオンの量を対応する炭酸カルシウムの量に換算して水1L中のmg数で表し,私達の日常生活に密接に関係している。

参考文献

  1. 伊藤一明,小嶋健博,善木道雄,手嶋紀雄,西田正志,吉田 烈:環境・分析化学実験;酒井忠雄,相原將人編著,三共出版,65-68 (2002) .
  2. 合原 眞,今任稔彦,岩永達人,氏本菊次郎,吉塚和治,脇田久伸:環境分析化学;三共出版,141-144 (2004).
  3. 百瀬義広:水の総合辞典;水の総合辞典編集委員会編,丸善,148-149 (2009).
  4. 日本化学会編:化学便覧基礎編改訂5版;丸善出版,Ⅰ-30, Ⅰ-36, Ⅰ-176 (2004) .
  5. 合原 眞,佐藤一紀,野中靖臣,村石治人:人と環境―循環型社会をめざして―;三共出版,85-91 (2002)..
  6. 生活と水の研究会編著:おもしろサイエンスおいしい水の科学;佐藤 正 監修,日刊工業新聞社,19-21 (2007).

 

(2017年7月28日)

ダイヤモンドをつくる ~約150年を経て実現~

大石修治(校長)

 

1 はじめに

 ダイヤモンド(金剛石とも言う)は,炭素の結晶であり,立方晶系に属する。ダイヤモンドは,すでに紀元前7~8世紀に知られ,現代でも宝石の王者である。4月の誕生石としても知られている。ダイヤモンドは硬い物質であるとの認識が昔からあり,工具として使った。天然ダイヤモンドは,ロシア,ボツワナ共和国,コンゴ民主共和国,オーストラリアや南アフリカ共和国などで産する。日本ではダイヤモンドは産しないと長く言われてきたけれども,2007年に四国で1 μm(1/1000 mm)サイズの微結晶が見つかって話題になった。
ダイヤモンドは基本的には無色透明であり,その密度は3.51 g/cm3である。この値は,同素体であるグラファイト(黒鉛や石墨とも言う)の密度2.23 g/cm3よりもはるかに大きい。ダイヤモンドが炭素の高圧型であり,黒鉛が低圧型であることがわかる。現在,ダイヤモンドは宝石だけでなく,工業材料としての多くの用途がある。機械的性質としては硬度の大きさを誇り,研削材や研磨剤としての用途が多い。光学的性質としては屈折率(2.42)が大きく,輝いて見える。熱伝導性がきわめて高く,エレクトロニクスデバイスの熱を逃がすヒートシンク(放熱部品)としての用途が多い。本来は絶縁体であるけれども,不純物(例えば,ホウ素)をドーピングし,半導体としての用途がある。ダイヤモンドは多くの性質に優れ,近代の工業に重要な役割を果たしている。
 天然に産する炭素の結晶は,ダイヤモンドとグラファイトである。ダイヤモンドが炭素の結晶であることが1797年に明らかにされた。ダイヤモンドが炭素であることがわかれば,それをつくりたいと思うのは自然である。プロからアマチュアまで,多くの人達がダイヤモンドづくりに挑戦した。様々なドラマが展開された。18世紀から20世紀中ごろまでのすべての試みは成功とは言えなかった。まさにダイヤモンドは,「征服されざる石」であった。1955年になり,F. P. Bundyらは人類待望のダイヤモンドを作製した1)
 本稿では,ダイヤモンド結晶の人工育成で繰り広げられたドラマを,研究論文1)や著書2-9)を参考にしながら紹介する。実現しなかったけれども,後世に大きなヒントを与えた二つの実験があった。それらを参考に,高温高圧技術などを駆使し,ついに企業の研究者集団がダイヤモンドづくりに成功した。人工ダイヤモンドは,約150年に渡る苦労の歳月を経て成長した結晶であった。

 

2 先人の努力

 ダイヤモンドづくりの歴史をまとめて図1に示す。ダイヤモンドが炭素の結晶であることがS. Tennantによって科学的に証明されたのが1797年である。

[caption id="attachment_2540" align="aligncenter" width="439"]     図1 ダイヤモンドをつくる歴史[/caption]

彼は,ダイヤモンドを燃やして二酸化炭素を発生させた(C+O2→CO2↑)。ダイヤモンドが炭素でできていることが知られると,第一線の科学者から町の発明家に至るまでの数多くの人たちがダイヤモンド作製にチャレンジした。18世紀から一世紀半に渡る試みは,失敗であった。その中で,記録しておくべき2つの実験がある。

(a) ハネー【James Bannantyne ( or Ballantyne) Hannay:1855~1931】の実験

 天然ダイヤモンドは高温高圧下で成長する。問題は,炭素がダイヤモンドになる高温高圧をいかに実現するかであった。最初に成功を報じたのは,イギリスの若い科学者ハネーであった。
 J. B. Hannay, Proceedings of the Royal Society, 30, 450 (1880).
 鉄のチューブに骨油,パラフィン,アルコールとリチウム金属を入れて密封した。それを大型の反射炉内で加熱した。チューブ内で高圧が得られ,蒸気とリチウムが反応し,炭素がチューブの壁に析出するであろうと考えた。80回の実験を行い,3回だけ成功したという。ダイヤモンドの微結晶ができた。そのダイヤモンドは大英博物館に保管されている。
 現代になっての追試によると,ハネーの実験はダイヤモンド生成の条件に達していないことがわかった(チューブ内の圧力はせいぜい2000気圧)。ハネーのダイヤモンドは,X線回折実験によると本物のダイヤモンドであるけれども,天然ダイヤモンドと区別できない。後に作製のF. P. Bundyらによるダイヤモンドとは区別できる。謎を残したハネーの実験であった。

(b) モアッサン【Henri Moissan:1852~1907】の実験

 モアッサンはフランスの科学者である。電気炉とフッ素単離の研究で,1906年にノーベル化学賞を受賞している。
 1893年にダイヤモンド作製の実験を開始した。隕石中のダイヤモンドをヒントとし,高温高圧に加え,鉄をフラックス(触媒とする見方もある)にすることを考えた。木炭と鉄を充填した高温のるつぼを水中に急冷した。急冷による溶液の体積変化のために高圧力が発生することを期待した。0.5 mmのダイヤモンドが生成した。ダイヤモンドの生成を報告した。
  H. Moissan, Le Four Electrique,(1904).
高名なモアッサンによるダイヤモンド生成の報を知り,追試で成功したという研究者が多数出現した。ところが,モアッサンの死後,実験を行ったアシスタントが「先生を喜ばすために,天然品をるつぼに挿入した」ことを告白した。現代の評価によると,そのるつぼ内の圧力はせいぜい2000気圧であることが示された。恐らく,ダイヤモンドはできなかったのであろう。
 先生を喜ばそうとするアシスタントの気持ちはよく理解できる。追試で成功したと報告した多数の研究者は本当にダイヤモンドできたのであろうか。疑わしい。やるせなさが残るモアッサンの実験であった。
(a)と(b)の後に,人類の夢であるダイヤモンド作製を目指して,1941年に高圧物理学の開祖と言われるP. W. Bridgman(1946年,ノーベル物理学賞受賞)によって近代的な研究が開始された。戦争や資金難での中止などを経て,General Electric Company (GE)研究所などでのダイヤモンド作製計画が始まった(1951年)。
この時点では,まだダイヤモンドの作製にはまだ至っていない。しかし,ダイヤモンドの作製を目指したことによって,高圧技術は著しく発展した。

 

3 ついにダイヤモンドが

 1955年,「征服されざる石」と言われていたダイヤモンドの作製についに成功した。GE社の研究者4名が,ArtificialやSyntheticの語を用いずに,あえてMan-Madeを使い「MAN-MADE DIAMONDS」のタイトルでNature誌に発表した。
 F. P. Bundy, H. T. Hall, H. M. Strong, R. H. Wentorf,Jr:Man-Made Diamonds; Nature, 176, 51 (1955).
炭素と金属フラックス(鉄など)を高圧容器中に入れ,例えば約1600℃-約95000気圧に保持した。高温高圧下の金属に炭素が溶け込み,過飽和状態になった後に,過飽和分がダイヤモンドとして析出した。ダイヤモンドの大きさは約1 mmであった。誰もが認める,人類がはじめてつくったダイヤモンドであった。ダイヤモンドの結晶づくりが始まって以来,約150年後の目的達成であった。
 その後,人工ダイヤモンドを作製する研究が進展し,工業化された。特に,工業材料としてのダイヤモンドはMan-Madeが多く使われている。

 

4 おわりに

 人類の知恵と経験は,長い失敗の歴史を経た後で,ついに「征服されざる石」ダイヤモンドをつくることができた。人間がつくったダイヤモンドは,成分も結晶構造も,地球がつくった天然ダイヤモンドと同じである。人工ダイヤモンドは,機能を十分に活かし,広く社会に浸透している。長野県南信工科短期大学校でも,切削工具として人工ダイヤモンドの微結晶を使用している。
 なお現在では,上述の高温高圧を利用した方法で粒状のダイヤモンドができているほかに,化学気相法による技術が開発され10),薄膜状ダイヤモンドが作製されている。

 

参考文献

  1. F. D. Bundy, H. T. Hall, H. M. Strong, R. H. Wentorf,Jr., Nature, 176, 51 (1955).
  2. 砂川一郎:ダイヤモンドの話;岩波新書 (1964).
  3. D. Elwell: Man-Made Gemstones; Ellis Horwood Ltd., (1974).
  4. D. Elwell, H. J. Scheel: Crystal Growth from High-Temperature Solutions; Academic Press (1975).
  5. 大谷杉郎:驚異の炭素―釣竿・ゴルフクラブから宇宙船まで―;ダイヤモンド社 (1978).
  6. 砂川一郎:新しい鉱物学 結晶学から地球学へ;講談社 (1981).
  7. 砂川一郎:宝石は語る;岩波新書 (1983).
  8. 白水晴雄,青木義和:宝石のはなし;技報堂出版 (1989) .
  9. 志村史夫:ハイテク・ダイヤモンド 半導体ダイヤからフラーレンまで;講談社 (1995).
  10. 栄長泰明:ダイヤモンド電極;日本化学会編,共立出版(2015).

(2017年7月24日)

フラックス法 ~簡便な設備できれいな結晶を~

大石修治(校長)・手嶋勝弥(客員教授)

 

1 はじめに

 フラックス法は,融点よりも低い温度の高温溶液から美しい単結晶(以下,結晶と言う)を育成する方法である。

 原子やイオンが規則正しく配列した結晶は,美しい色や形をもつ。天然産の結晶を鉱物という。鉱物は,産地や産出状況により,性質のバラツキがある。掘りつくせば,鉱物は枯渇する。

 性質のバラツキや枯渇を心配しないで結晶を使うために,人工結晶の作製が始まった。結晶は,液体からつくることが一般的である。液体からの結晶作製法に,融液法と溶液法がある。融液法では,結晶と同じ化学組成の液体をゆっくりと冷却して結晶をつくる。例えば,半導体として身近に使っているシリコンSiの結晶は融液から成長する。一方,溶媒を用いる溶液法の中には,水溶液法,水熱法とフラックス法がある。目的結晶の融点よりも低い温度で,溶媒の蒸発や溶液の徐冷による過飽和溶液から結晶が成長する。水溶液法では,水を溶媒とした水溶液の冷却や水の蒸発によって結晶をつくる(例:食塩水からの塩化ナトリウムNaClの結晶成長)。水熱法では,高温高圧の水溶液から結晶が成長する(例:水晶SiO2の結晶成長)。フラックス法では,無機化合物や金属を溶媒とした高温溶液から結晶が成長する。その溶媒をフラックス(または,融剤)と言い,フラックスから結晶を育成する手法をフラックス法と言う。フラックス法は,簡便な装置とやさしい操作で多種類の結晶を育成できる優れた方法である。
 本稿では,文献1)の書物を片手にもって参考にしながら,フラックス結晶成長を簡単に紹介する。

 

2 フラックス法

2.1 原理と長所

 フラックス法による結晶育成では,状態図(相図)の液相線を利用する。模式的な結晶-フラックス系の状態図を図1に示す。縦軸は温度を,横軸は混合物の化学組成(溶質とフラックスの割合)を表す。

[caption id="attachment_2486" align="aligncenter" width="600"]   図1 結晶-フラックス2成分系状態図[/caption]

フラックスは,結晶A(融点:TA)から共晶組成XEの範囲内でAの融点を下げる作用をする。組成の混合物をT1まで加熱すると,点aで示される液相になる。その溶液からフラックスを蒸発させ(フラックス蒸発法),溶質が徐々に濃縮して点bに達する(厳密には,bよりも少し高い溶質濃度)と,結晶Aが成長し始める。フラックス蒸発の進行にともなって,結晶成長は続く。一方,点aで示される液相をゆっくりと冷却し(徐冷法),温度T2(点c)にまで達する(厳密には,T2よりも少し低い温度)と,結晶が成長し始める。その成長は共晶温度TE(点d)まで続く。以上のように,目的結晶Aは,融点(TA)よりもはるかに低い温度で成長することがわかる。したがって,フラックス法では,高融点の物質(酸化アルミニウムAl2O3など),分解溶融する物質(イットリウム鉄ガーネットY3Fe5O12など)や多形転移がある物質(チタン酸バリウムBaTiO3など)などの広範囲に渡る種類の結晶を育成できる。
 ここで,図1の状態図の液相線を,高等学校の教科書などで見慣れた溶解度曲線(黒色,Sとする)に書き直して図2に示す。縦軸は溶解度を,横軸は温度を表す。

[caption id="attachment_2526" align="alignnone" width="537"]   図2 溶解度曲線[/caption]

溶解度は,平衡状態にあるときの溶質濃度と温度の関係を示し,一般に温度の上昇とともに増加する。Sの上部に位置する過溶解度曲線(青色,SS)は,自発的に結晶核が発生する最上限の溶質濃度で,実験条件によって変わる(平衡値の軌跡ではない)。ゆっくりと溶液を冷却する場合を例とする。溶質濃度C1の調合物を温度T1まで加熱すると,点aで示す未飽和溶液になる。その溶液を温度T2まで冷却すると,Sと交わる(点b)。この点では,結晶核の生成はまだ始まらない。溶液のままでさらに温度がT3まで下がった点Cでは,温度T3での溶解度(C0)よりも過剰な溶質(C1)を含む過飽和溶液になる。この時の過飽和度σは,次のようになる。

  σ=(C1 - C0)/ C0

 この過飽和溶液は,溶解度を越す溶質(赤色部分c-d,C1 - C0)を溶かした不安定な状態である。余分に溶けている溶質を結晶として析出すれば,その過飽和状態を解消して,溶液の濃度は減少して溶解度(飽和濃度)となり,平衡状態になる。以上のように,溶液の過飽和が結晶化の駆動力になる。なお,過飽和状態は温度一定のままでフラックスを蒸発させて,溶液を濃縮してもつくることができる。

 以上からも明らかなように,フラックス法の最大の長所は,目的とする結晶の融点よりもはるかに低い温度で結晶が成長することである。さらに,結晶構造を反映したフラットな結晶面で囲まれた自形をもつことや装置が簡便で操作がやさしいことなども長所である。フラックス法は小さな環境負荷のもとで高品質結晶を育成できる環境調和型科学技術ということができる。

2.2 実験方法

(A)フラックスの選択

 実験に先立ち,まずフラックスを選択する。結晶-フラックス系の組み合わせが,目的結晶の成長の成否を決定する。適切なフラックスを選択すれば,高品質結晶が成長する。フラックスとなる物質には次のような性質が望まれる。①十分量の溶質を溶解する,②安定相として結晶だけを析出させる,③溶解度に適度の温度依存性がある,④不純物として結晶中に混入しない,⑤融点が低い,⑥粘度が低い,⑦蒸発量が少ない,⑧密度が適当である,⑨用いる温度条件下で組成変動がない,⑩るつぼ材質と反応しない,⑪毒性が低い,⑫引火性や爆発性がない,⑬育成実験の温度プロセスを終了して固化した後,容易に結晶を分離できる,⑭高純度の試薬が低価格で入手しやすい。

 具体的なフラックス選択についての一般的ルールは,まだ構築されていない。そのために,経験を利用した方法でフラックスが選択されることが多い。文献を調べて,目的結晶の育成例や該当する状態図を探す。それらを参考にして,経験と勘による試行錯誤でフラックスを選ぶ。

 一方,近年では結晶化学的なフラックス選択方法も考えられている。フラックス法では,必ず溶解-析出のプロセスを経て結晶が成長する。フラックスには,高温で溶質を溶解し,次いで過飽和溶液から結晶化させる能力が必要になる。そのために,前述の①と②が特に重要になる。①には,結晶とフラックス間の化学的性質の類似性が必要である。②には,ある程度の相違性も要求される。選択するフラックスには,溶質に対してある程度の類似性とある程度の相違性を同時に持つことが望まれる。そのような視点から,結晶とフラックスの関係を化学的性質の基礎的知見(イオン半径など)を用いて調べると,適切なフラックスを選択できる可能性が高くなる。

(B)溶質濃度の決定

 調合物組成では,溶質濃度すなわち溶質/(溶質+フラックス)を決める。該当する状態図(あるいは,溶解度曲線)があれば,溶質濃度を決めやすい。該当する状態図(溶解度曲線)がない場合,予備実験として,適当な溶質濃度で結晶育成実験を試みる。

(C)フラックス育成実験

 <試薬>通常,市販の試薬を用いる。常に製品安全データシート(MSDS)を参照し,正しく取り扱う。劇物や毒物に属する試薬では,特に入念な取り扱いが必要である。使用後の薬品は,所定の方法を守って廃棄する。
 <装置と器具>加熱装置には,通常,電気炉を用いる。温度制御装置が付属しているといっそう便利である。長野県南信工科短期大学校に設置した温度制御装置付き電気炉を図3に示す。高温溶液を保持する容器には,ふたつき白金Ptるつぼが一般的である(数mmサイズの結晶の育成を目指す場合,容量は30 cm3程度で十分)。

[caption id="attachment_2488" align="alignnone" width="392"]   図3 南信工科短期大学校に設置した電気炉と温度制御装置[/caption]

白金るつぼをそれよりもいくらか大きな磁器るつぼに入れ,両者の隙間にアルミナAl2O3粉末を詰めると,るつぼの変形や破損を防ぐことができる。

 <実験操作>溶質とフラックスを所定の化学組成(溶質濃度)になるように試薬を混合する。試薬の秤量には,電子天秤の使用が便利である。作製した調合物を白金るつぼに充填し,電気炉に入れる。それを所定の温度(900~1300 ℃が多い)まで加熱し,その温度で一定時間(5~24 hが多い)保持し,高温溶液をつくる。続いて,徐冷(1~10 ℃/h程度の速度が多い)やゆっくりとしたフラックス蒸発によって過飽和状態になった高温溶液から,結晶が成長する。育成実験終了後には,固化したフラックス中に結晶が生成している。そのフラックスを温水,酸やアルカリなどで溶解し,成長した結晶を取りだす。

 <結晶の評価>育成した結晶の色相や形態を観察する。写真を撮影しておくことが望まれる。育成した結晶のサイズ,質量や密度などを測定する。できれば,発達した結晶面の面角を測定し,面指数を求める。育成した結晶を粉末にして,粉末X線回折法で得た回折図形を用いて結晶を同定する。必要に応じて,主要な構成元素や微量成分を各種の機器分析でチェックできればなお安心である。結晶の硬度や劈開などは同定の手助けとなる。結晶形態も同定の手掛かりを与える。一つの方法ばかりでなく,いくつかの方法で相互に対応づけると確実な評価となる。

 <結晶の物性>目的に応じて,機械的性質,熱的性質,電気的・磁気的性質,電子的性質あるいは光学的性質などを測定する。

 

3 結晶のフラックス成長

 フラックス法によると,融点よりもはるかに低い温度で,多くの種類の結晶を育成できる。成長した結晶は,結晶構造を反映したフラットな結晶面で囲まれている。いくつかの例を挙げる。

(A)ルビー六方両錐結晶

 ルビーAl2O3:Cr結晶は,酸化アルミニウムAl2O3にわずかのクロムCrが固溶している赤色宝石である。7月の誕生石である。固体レーザー発振するエレクトロニクス材料でもあり,硬さを利用した機械材料でもある。
 白金るつぼ中で,溶質(酸化アルミニウムと微量の酸化クロム)と酸化モリブデンMoO3系フラックスからなる高温溶液からゆっくりとフラックスを蒸発させると,赤紫色透明で六方両錐形のルビー結晶(mmサイズ)が成長した(図4)。フラックス成長したルビー結晶は,天然産ではないけれども,人間がつくったまさに本物のルビーそのものである。模造品ではない。

[caption id="attachment_2489" align="alignnone" width="594"]   図4 成長した六方両錐形ルビー結晶[/caption]

(B)ルビーコーティング

 ルビーコーティングは,六方両錐形ルビー結晶のフラックス育成技術をさらに発展させた技術である。アルミナるつぼ表面に小さなルビー結晶を密集させて成長させることが可能になった。

 アルミナるつぼ中に酸化モリブデン系フラックスと酸化クロムを入れた高温溶液からフラックスをゆっくりと蒸発させて,るつぼ表面をルビー結晶でコーティングした。平成28年11月12日に本校で開催した『人材ふれあいフェア~ものづくり体験教室人工ルビーコース』で作製したルビーコーティングの例を図5に示す。テキスト2)を使った説明のもとで,参加者が作製したルビーコーティングである。

[caption id="attachment_2490" align="alignnone" width="541"]
   図5 人材ふれあいフェアで作製したルビーコーティング
[/caption]

(C)その他

 緑色宝石として名高いエメラルドBe3Al2Si6O18:Cr結晶も酸化モリブデン系フラックスから育成できる。光触媒用として開発の六チタン酸ナトリウムNa2Ti6O13結晶も塩化ナトリウムフラックスから成長した。

 

4 フラックス法の歴史

 フラックス法の歴史は明確ではない。自然界では,マグマからの鉱物の生成に見られるように,フラックス法と類似の現象が地下で起こっていたであろう。陶磁器の作製の際には,意識の有無にかかわらず,類似の現象が起こっていたはずである。

 人工結晶に注意が払われ始め,1825年にナトリウムタングステンブロンズNaxWO3結晶を育成した論文が発表された。多分,これは科学的に記述されたフラックス結晶成長の初めての論文であろう。1837年には,ルビー結晶が育成された。これらを契機として,19世紀にはサファイアAl2O3:Fe,Ti,スピネルMgAl2O4やジルコンZrSiO4などの結晶が盛んに育成された。ところが,20世紀の初めに融液法の一種であるベルヌーイ(Verneuil)法が開発されるとともに,フラックス法の使用例はほとんどなくなった。19世紀前半は,フラックス法の空白の時代であった。

 第2次世界大戦後,結晶がもつ機能が注目される時代になった。1954年に強誘電体チタン酸バリウムBaTiO3のバタフライ型結晶がフッ化カリウムKFフラックスから育成された。この論文は,フラックス法が見直されるきっかけを与えた。同じころ(1955年),人類待望のダイヤモンド結晶が高圧下の金属フラックスから成長している。その後,希土類元素(R)と鉄(Fe)を含む酸化物結晶が育成された。それ以降も,フラックス法の特長を有効に活かしながら,数多くの結晶が育成された。

 現在も,機能性結晶材料の作製にフラックス法が多用されている。

 

5 おわりに

 フラックス法は,結晶づくりの十分な楽しさを与え,大きな魅力に富む結晶育成法である。結晶の融点よりもはるかに低い温度で,自形をもつ結晶を育成できる。装置は簡便で,操作はやさしい。

 実用結晶材料の作製,結晶材料の探求や結晶育成の教育にもフラックス法を使用することができる。

 

参考文献

  1. 大石修治,宍戸統悦,手嶋勝弥:フラックス結晶成長のはなし;日刊工業新聞社(2010).
  2. 手嶋勝弥,鈴木清香,大石修治:人材ふれあいフェアものづくり体験教室人工ルビーコース「ルビー結晶をつくろう!」;1-8 (2016).

追記:フラックス法を深く広く研究している信州大学工学部手嶋・是津研究室のホームページのアドレスを以下に示す。ぜひ訪れていただきたい。

http://www.kankyo.shinshu-u.ac.jp/~teshimalab/

(2017年7月12日)

塩化ナトリウム(食塩,塩) ~南信で塩が~

大石修治(校長)・柳沢裕二(機械・生産技術科講師)・千葉隆史(電気・制御技術科准教授)

 

1 はじめに

 塩化ナトリウム(化学式NaCl)は,ナトリウムNaと塩素Clからなる化合物であり,ナトリウムイオンNa+と塩化物イオンCl-が規則正しく配列したイオン結晶である。日常の生活では,食塩や塩(しお)と言い表すことが多い。なじみの食塩や塩の主成分は,塩化ナトリウムである。塩化ナトリウムは,天然には岩塩として産し(主に,アメリカ合衆国やヨーロッパ各国),海水からも豊富に得られる。動物体内の生理作用に塩化ナトリウムは不可欠であり,食用としても使われる。塩味をつける調味料のほかに,食品保存の目的での使用もある。光学材料(プリズムなど)としての用途もあり,工業的に炭酸ナトリウムNa2CO3を製造するためのソーダ工業に使う原料でもある。他に,寒剤・凍結防止剤などの用途がある。

 昔から塩の重要さは認識されてきた。塩にまつわる言葉として,「敵に塩を送る」,「塩梅」,「清めの塩」や「手塩に掛ける」などがある。大相撲では,取り組み前に塩を使って土俵を清める。生活の必需品である塩を運搬する塩の道として,秋葉街道,三州街道,千国街道や北国街道が良く知られている。子どものころ,塩漬けされた秋刀魚は何とも言えないごちそうであった。塩で歯を磨いた経験もある。大石らは,高温溶液から酸化物結晶を育成するフラックス(融剤,溶媒)として,環境にやさしい塩化ナトリウムが有力であることを見いだした1,2)

 海に面しない南信地域(下伊那郡大鹿村)で,海水とほぼ同程度に高濃度の塩化ナトリウムを含む塩水を採取でき,それを濃縮して食塩が製造されている3)。内陸で取れるきわめて珍しい塩であり,山塩と呼ばれる。
 ごく身近にあり,生活に密着している塩化ナトリウムのいくつかの顔をここに紹介する。さらに,山塩の産地である大鹿村の風景などもつけ加える。

 

2 塩化ナトリウムの性質
 

 塩化ナトリウム結晶は立方晶系に属し,その基本的な形態は六面体である。塩化ナトリウムの融点は801℃,沸点は1413℃である。密度は約2.2 g/cm3である。粘度は,1000℃で約0.8 cPである(25℃の水の粘度は0.89 cP)。水100 gに対する溶解度は,35.69 g(0℃),35.70 g(10℃),35.83 g(20℃),36.05 g(30℃),36.33g(40℃),37.08 g(60℃),38.01 g(80℃)である。溶解度の温度依存性はきわめて小さい。

 食品でもある塩化ナトリウムは,毒性がなく取り扱いが容易であるために,理科実験によく用いられる。試薬としては,製品安全データシート(MSDS)4,5)によれば,①危険・有害物に該当しない,②環境への影響も特に問題はない,③眼や皮膚についた場合には多量の水で洗い流せばよい,④使用後はそのまま埋め立て処分が可能であり,大量の水とともに下水に流すこともできる。環境負荷が著しく小さい物質である。

 

3 塩化ナトリウムの用途
 

 思いつくままに,塩化ナトリウム(食塩,塩)のいくつかの用途を列記する。

3.1 食品への利用

 料理で食塩を使用することはきわめて多い。「食塩を使う食品を教えてください」を主婦3人に聞いてみた。

<主婦1>:おやき,すいとん,漬け物,薄焼きせんべい,そば,うどん,ジュース,かぼちゃ干し,まんじゅう,しるこ,甘酒,しょうゆ豆,やしょうま,おこわ,ソルティドッグ,赤飯,菓子,りんご(酸化防止用)。

<主婦2>:何といっても,漬け物。

<主婦3>:まんじゅう,しるこ,甘酒(甘み引きたて用)。


 さすがに食塩をそのままで食することはないようである。3者ともに,料理づくりの調味料として食塩を使用している。食品の主役ではないけれども,多くの食品をつくるうえで重要な役割を果たしていることが明らかである。食塩は,地味ながらも,玄人好みの働きをしている。

3.2 ソーダ工業の原料6)

 化学工業の基礎原料(ナトリウムや塩素の資源)として塩化ナトリウムは重要な物質である。近代初期(17~18世紀)のヨーロッパ社会で,時代を動かすキーマテリアルのひとつがアルカリであった。アルカリは,繊維,石鹸やガラス工業にぜひとも必要な物質であった。18世紀末には,植物から得られるアルカリの中のナトリウムと同じものが岩塩の中にあることが認識されていた。ルブラン(Nicolas LeBlant)が,岩塩を出発として炭酸ナトリウム(Na2CO3)をつくる方法を案出した(1789年)。この方法は,社会に大きな貢献を与えるとともに,環境汚染を引き起こす欠点があった。続いて,1863年にソルベー(Ernest Solvay)が塩化ナトリウム水溶液にアンモニアNH3と二酸化炭素CO2を吹き込むソルベー法(アンモニアソーダ法とも言う)を考え,次第に工業として発展した。現代では,塩化ナトリウム水溶液の電解法でカセイソーダ(水酸化ナトリウムNaOH)が作られている。

3.3 医薬品

 生理食塩液などとして使用されている。

3.4 食品保存と寒剤

 水産物塩蔵などの食品工業に用いる。氷(水)と塩化ナトリウムを混ぜて,空調・冷凍関係や道路凍結防止剤などに用いられる。

3.5 酸化物結晶育成のフラックス(環境にやさしい結晶成長)

 酸化物結晶を高温溶液から育成する際,フラックスとして塩化ナトリウムは必ずしも適切ではないとされてきた7)。その理由は,酸化物の塩化ナトリウムへの溶解度が低いからである。ところが,結晶が成長しないことを覚悟でいくつかの実験を試みると,数種類の結晶を育成できることがわかり始めた。
目的結晶の構成成分(溶質)とフラックスを所定の割合に混合した調合物を白金るつぼに入れる。それを電気炉に挿入し,所定の温度(主に,900~1200℃)に加熱し,数時間保持した後に所定の冷却速度(主に,1~10℃/h)で冷却する。室温まで冷却した後に,固化したフラックスを水で溶解し,成長した結晶を取りだす。
上記の実験操作で,塩化ナトリウムフラックスから成長した結晶を表1に示す(信州大学工学部:大石研究室,大石・手嶋研究室,手嶋・是津研究室)。表1は,結晶の化学式,日本語名称および発表雑誌名,発行年の順序で記載してある。

[caption id="attachment_2434" align="aligncenter" width="572"]   表1 塩化ナトリウムフラックスから成長した結晶[/caption]

  表1からも明らかなように,塩化ナトリウムは多種類の酸化物結晶を育成できるフラックスであることがわかった。成長する結晶は,柱状,針状や薄板状で自形(結晶構造を反映したフラットな結晶面で囲まれること)をもつことが多かった。例えば,塩素アパタイトCa5Cl(PO4)3結晶は六角針状,六角棒状や六角柱状であることが多かった。一方向に伸張しやすい傾向は,溶解度が小さいために,少しの温度変動やフラックスの蒸発で過飽和度が急激に高くなるためと考えられる。あえて急冷実験を試行すると,塩化ナトリウムフラックスの高温溶液(900℃)を放冷するだけの簡便な操作でモリブデン酸カルシウムCaMoO4結晶が成長した(図1)。結晶は,フラットな結晶面で囲まれることがなく,円柱状であった。

[caption id="attachment_2431" align="aligncenter" width="600"]   図1 塩化ナトリウムフラックスから成長したモリブデン酸カルシウム結晶[/caption]

 X線診断の造影剤としてなじみの深い硫酸バリウムBaSO4は水に対する溶解度がきわめて小さいので,水溶液からは微細結晶(最大17μm)が成長しただけである8)。硫酸バリウム沈殿のろ過には,特に目の細かいろ紙を使用しなければならない。ところが,塩化ナトリウムフラックスの高温溶液から育成すると,7 mmを超す硫酸バリウム結晶が成長した8)。微細な結晶として知られる硫酸バリウムも,塩化ナトリウムフラックスを用いれば大型化することができる。
 なお,上の表1の中に硫化物(CuInS2)と窒化物(Ta3N5)がある。塩化ナトリウムは,酸化物以外の物質の結晶育成の有力なフラックスになることを期待させる。非酸化物結晶のフラックス育成も今後の有望な分野である。

 

4 思い出の実験

4.1 小学校のときの食塩

 小学校の時代に,食塩を用いた実験を行ったと思うけれども,確かな記憶がない。そこで代わりに,数10年若返って,現代の小学校5年生が学習する理科の教科書9)を見ることとする。教科書は,カラー印刷で十分な写真や図表を用い,楽しくわかりやすく書かれている。

 食塩は,教科書の「もののとけ方」に登場する9)。主にミョウバンと比較しながら,話は以下のように展開する。(a)水や湯に溶けていく様子の観察,(b)溶ける量の比較(溶解度),(c)水の温度と溶ける量の関係(溶解度曲線),(d)ミョウバンと食塩の結晶の成長,(e)食塩水の重さ。

 児童は,楽しく実験し,食塩が水溶性の物質であることをまず実感する。溶解度を調べ,温度依存性を求める。2の塩化ナトリウムの性質に記したように,水への塩化ナトリウムの溶解度に温度依存性は小さい。したがって,水を蒸発させて水溶液を濃縮すると過飽和になり,水溶液から食塩結晶が析出する。食塩結晶が六面体を基本とする形態であることを理解する。

 溶け方を知るための物質のひとつとして,安全で取り扱いが容易な食塩が選ばれている。「同じ大きさのビーカーに同じ量の水が入っている。先ほど,どちらかのビーカーに10 gの食塩を溶かしたけれども,どちらのビーカーであったかを忘れてしまった。舐めずにどちらが食塩水であるかを調べる方法を説明せよ。」との記述がある。日常に起こりがちなことの解決法を児童に考えさせている。

4.2 水蒸発法による塩化ナトリウム結晶の成長

 塩化ナトリウム水溶液から水をゆっくりと蒸発させて育成した塩化ナトリウム結晶(信州大学工学部の学生実験で昭和50年代前半に作製)を図2に示す。

[caption id="attachment_2432" align="aligncenter" width="600"]   図2 水溶液から成長した塩化ナトリウム結晶[/caption]

 結晶は白色または無色であり,大きさはmmサイズである。結晶の形態は,教科書に記載の通り,結晶構造を反映したフラットな結晶面で囲まれた六面体である。

 

5 大鹿村の塩 

 南アルプスの麓に人口約1050人の大鹿村がある。大鹿村は,「日本で最も美しい村」連合に加盟し,ユネスコエコパークにも登録されている。山また山の美しい風景を誇る村である。一例を図3~5に示す。図3では,秋の澄んだ空気に黄葉が美しい。図4は,村中を流れ下る小川である。川底の石が見え,透明できれいな水である。図5は,山に向かう道であり,真中に草が生えている。のんびりと歩きたくなる山里の風景である。

[caption id="attachment_2426" align="aligncenter" width="600"]   図3 黄葉し始めた山々[/caption] [caption id="attachment_2427" align="aligncenter" width="450"]   図4 村内を流れる小川[/caption] [caption id="attachment_2428" align="aligncenter" width="450"]   図5 山に向かう道[/caption]

 大鹿村の鹿塩(かしお)地区には,海水とほぼ同じ塩化ナトリウム濃度の塩水が湧き出ている。鹿塩という地名は,鹿が塩水を飲みに来るためにつけられたという。塩水を煮つめる(水を蒸発させる)と,4思い出の実験にも書いたように,塩(塩化ナトリウム)が固体として析出する。析出した塩は,お土産用に「山塩」として市販されている。大鹿村産の塩についての歴史的背景は文献3)に詳しい。

  塩を豊かに含む水は海水であると誰もが思う。海から遠く離れた山深い大鹿村に塩水がなぜ湧き出るのかが大きな疑問である。明治時代に,鉱物としての塩である岩塩が溶けて塩水が生成すると予想して岩塩の存在を調査したけれども発見できなかったという10)。いまだに塩水が湧き出す原因はわからないようである。

 大鹿村には,大鹿村中央構造線博物館がある。中央構造線北川露頭はぎ取り標本は,断層中心部をはぎ取ってそのまま展示してあり,大きくて迫力がある。

 大鹿村といえば,有名な歌舞伎の里である。春と秋に大鹿歌舞伎の定期公演が開催される。図6は,平成26年に開催した秋の定期公演の様子である。昔から,芝居を愛する村人によって歌舞伎が伝えられてきた。山里に伝統が蓄積され続けている。

[caption id="attachment_2429" align="aligncenter" width="600"]   図6 大鹿歌舞伎[/caption]

 

6 おわりに

 身近にごくありふれた物質である塩化ナトリウム(食塩,塩)は,私たちが生活を営むために必須であり,昔から政治的や経済的にもきわめて重要な役割を果たしてきた。塩化ナトリウムには,料理,工業,医薬品,食品工業や結晶育成用フラックスなどの幅広い用途がある。山塩は,内陸の南信地域で採取できる貴重な食塩である。今後とも,塩化ナトリウムは身近で幅広く活躍するであろう。

 

謝辞

 長野県上伊那郡南箕輪村立南部小学校の田中早苗教頭先生には,小学校での理科教育についてのご教示をいただいた。記して深く感謝の意を表する。

 

参考文献

  1. 大石修治,宍戸統悦,手嶋勝弥:フラックス結晶成長のはなし;日刊工業新聞社 (2010).
  2. 大石修治:塩化ナトリウムフラックスからの酸化物結晶の育成;Journal of the Society of Inorganic Materials, Japan, 10, No.305, 268-273 (2003).
  3. 市川正夫:日本の屋根長野県の鉱山と鉱石;信毎書籍出版センター (2010).
  4. 製品安全データシート(和光純薬工業(株)).
  5. 製品安全データシート(関東化学(株)).
  6. 大谷杉郎:新工業化学概論;裳華房 (1986).
  7. D. Elwell, H. J. Scheel:Crystal Growth from High-Temperature Solutions;Academic Press (1975).
  8. 大石修治,毎田 繁,小平紘平:硫酸バリウム結晶の育て方;化学と教育,45, 572-575 (1997).
  9. 癸生川武次:楽しい理科5年;信州教育出版社,132-149 (2016).
  10. JA長野県 いいJAん!ホームページ(http://www.iijan.or.jp/oishii/area/post-1085.php

(2017年6月30日)

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