フラックス法 ~簡便な設備できれいな結晶を~

大石修治(校長)・手嶋勝弥(客員教授)

 

1 はじめに

 フラックス法は,融点よりも低い温度の高温溶液から美しい単結晶(以下,結晶と言う)を育成する方法である。

 原子やイオンが規則正しく配列した結晶は,美しい色や形をもつ。天然産の結晶を鉱物という。鉱物は,産地や産出状況により,性質のバラツキがある。掘りつくせば,鉱物は枯渇する。

 性質のバラツキや枯渇を心配しないで結晶を使うために,人工結晶の作製が始まった。結晶は,液体からつくることが一般的である。液体からの結晶作製法に,融液法と溶液法がある。融液法では,結晶と同じ化学組成の液体をゆっくりと冷却して結晶をつくる。例えば,半導体として身近に使っているシリコンSiの結晶は融液から成長する。一方,溶媒を用いる溶液法の中には,水溶液法,水熱法とフラックス法がある。目的結晶の融点よりも低い温度で,溶媒の蒸発や溶液の徐冷による過飽和溶液から結晶が成長する。水溶液法では,水を溶媒とした水溶液の冷却や水の蒸発によって結晶をつくる(例:食塩水からの塩化ナトリウムNaClの結晶成長)。水熱法では,高温高圧の水溶液から結晶が成長する(例:水晶SiO2の結晶成長)。フラックス法では,無機化合物や金属を溶媒とした高温溶液から結晶が成長する。その溶媒をフラックス(または,融剤)と言い,フラックスから結晶を育成する手法をフラックス法と言う。フラックス法は,簡便な装置とやさしい操作で多種類の結晶を育成できる優れた方法である。
 本稿では,文献1)の書物を片手にもって参考にしながら,フラックス結晶成長を簡単に紹介する。

 

2 フラックス法

2.1 原理と長所

 フラックス法による結晶育成では,状態図(相図)の液相線を利用する。模式的な結晶-フラックス系の状態図を図1に示す。縦軸は温度を,横軸は混合物の化学組成(溶質とフラックスの割合)を表す。

   図1 結晶-フラックス2成分系状態図

フラックスは,結晶A(融点:TA)から共晶組成XEの範囲内でAの融点を下げる作用をする。組成の混合物をT1まで加熱すると,点aで示される液相になる。その溶液からフラックスを蒸発させ(フラックス蒸発法),溶質が徐々に濃縮して点bに達する(厳密には,bよりも少し高い溶質濃度)と,結晶Aが成長し始める。フラックス蒸発の進行にともなって,結晶成長は続く。一方,点aで示される液相をゆっくりと冷却し(徐冷法),温度T2(点c)にまで達する(厳密には,T2よりも少し低い温度)と,結晶が成長し始める。その成長は共晶温度TE(点d)まで続く。以上のように,目的結晶Aは,融点(TA)よりもはるかに低い温度で成長することがわかる。したがって,フラックス法では,高融点の物質(酸化アルミニウムAl2O3など),分解溶融する物質(イットリウム鉄ガーネットY3Fe5O12など)や多形転移がある物質(チタン酸バリウムBaTiO3など)などの広範囲に渡る種類の結晶を育成できる。
 ここで,図1の状態図の液相線を,高等学校の教科書などで見慣れた溶解度曲線(黒色,Sとする)に書き直して図2に示す。縦軸は溶解度を,横軸は温度を表す。

   図2 溶解度曲線

溶解度は,平衡状態にあるときの溶質濃度と温度の関係を示し,一般に温度の上昇とともに増加する。Sの上部に位置する過溶解度曲線(青色,SS)は,自発的に結晶核が発生する最上限の溶質濃度で,実験条件によって変わる(平衡値の軌跡ではない)。ゆっくりと溶液を冷却する場合を例とする。溶質濃度C1の調合物を温度T1まで加熱すると,点aで示す未飽和溶液になる。その溶液を温度T2まで冷却すると,Sと交わる(点b)。この点では,結晶核の生成はまだ始まらない。溶液のままでさらに温度がT3まで下がった点Cでは,温度T3での溶解度(C0)よりも過剰な溶質(C1)を含む過飽和溶液になる。この時の過飽和度σは,次のようになる。

  σ=(C1 – C0)/ C0

 この過飽和溶液は,溶解度を越す溶質(赤色部分c-d,C1 – C0)を溶かした不安定な状態である。余分に溶けている溶質を結晶として析出すれば,その過飽和状態を解消して,溶液の濃度は減少して溶解度(飽和濃度)となり,平衡状態になる。以上のように,溶液の過飽和が結晶化の駆動力になる。なお,過飽和状態は温度一定のままでフラックスを蒸発させて,溶液を濃縮してもつくることができる。

 以上からも明らかなように,フラックス法の最大の長所は,目的とする結晶の融点よりもはるかに低い温度で結晶が成長することである。さらに,結晶構造を反映したフラットな結晶面で囲まれた自形をもつことや装置が簡便で操作がやさしいことなども長所である。フラックス法は小さな環境負荷のもとで高品質結晶を育成できる環境調和型科学技術ということができる。

2.2 実験方法

(A)フラックスの選択

 実験に先立ち,まずフラックスを選択する。結晶-フラックス系の組み合わせが,目的結晶の成長の成否を決定する。適切なフラックスを選択すれば,高品質結晶が成長する。フラックスとなる物質には次のような性質が望まれる。①十分量の溶質を溶解する,②安定相として結晶だけを析出させる,③溶解度に適度の温度依存性がある,④不純物として結晶中に混入しない,⑤融点が低い,⑥粘度が低い,⑦蒸発量が少ない,⑧密度が適当である,⑨用いる温度条件下で組成変動がない,⑩るつぼ材質と反応しない,⑪毒性が低い,⑫引火性や爆発性がない,⑬育成実験の温度プロセスを終了して固化した後,容易に結晶を分離できる,⑭高純度の試薬が低価格で入手しやすい。

 具体的なフラックス選択についての一般的ルールは,まだ構築されていない。そのために,経験を利用した方法でフラックスが選択されることが多い。文献を調べて,目的結晶の育成例や該当する状態図を探す。それらを参考にして,経験と勘による試行錯誤でフラックスを選ぶ。

 一方,近年では結晶化学的なフラックス選択方法も考えられている。フラックス法では,必ず溶解-析出のプロセスを経て結晶が成長する。フラックスには,高温で溶質を溶解し,次いで過飽和溶液から結晶化させる能力が必要になる。そのために,前述の①と②が特に重要になる。①には,結晶とフラックス間の化学的性質の類似性が必要である。②には,ある程度の相違性も要求される。選択するフラックスには,溶質に対してある程度の類似性とある程度の相違性を同時に持つことが望まれる。そのような視点から,結晶とフラックスの関係を化学的性質の基礎的知見(イオン半径など)を用いて調べると,適切なフラックスを選択できる可能性が高くなる。

(B)溶質濃度の決定

 調合物組成では,溶質濃度すなわち溶質/(溶質+フラックス)を決める。該当する状態図(あるいは,溶解度曲線)があれば,溶質濃度を決めやすい。該当する状態図(溶解度曲線)がない場合,予備実験として,適当な溶質濃度で結晶育成実験を試みる。

(C)フラックス育成実験

 <試薬>通常,市販の試薬を用いる。常に製品安全データシート(MSDS)を参照し,正しく取り扱う。劇物や毒物に属する試薬では,特に入念な取り扱いが必要である。使用後の薬品は,所定の方法を守って廃棄する。
 <装置と器具>加熱装置には,通常,電気炉を用いる。温度制御装置が付属しているといっそう便利である。長野県南信工科短期大学校に設置した温度制御装置付き電気炉を図3に示す。高温溶液を保持する容器には,ふたつき白金Ptるつぼが一般的である(数mmサイズの結晶の育成を目指す場合,容量は30 cm3程度で十分)。

   図3 南信工科短期大学校に設置した電気炉と温度制御装置

白金るつぼをそれよりもいくらか大きな磁器るつぼに入れ,両者の隙間にアルミナAl2O3粉末を詰めると,るつぼの変形や破損を防ぐことができる。

 <実験操作>溶質とフラックスを所定の化学組成(溶質濃度)になるように試薬を混合する。試薬の秤量には,電子天秤の使用が便利である。作製した調合物を白金るつぼに充填し,電気炉に入れる。それを所定の温度(900~1300 ℃が多い)まで加熱し,その温度で一定時間(5~24 hが多い)保持し,高温溶液をつくる。続いて,徐冷(1~10 ℃/h程度の速度が多い)やゆっくりとしたフラックス蒸発によって過飽和状態になった高温溶液から,結晶が成長する。育成実験終了後には,固化したフラックス中に結晶が生成している。そのフラックスを温水,酸やアルカリなどで溶解し,成長した結晶を取りだす。

 <結晶の評価>育成した結晶の色相や形態を観察する。写真を撮影しておくことが望まれる。育成した結晶のサイズ,質量や密度などを測定する。できれば,発達した結晶面の面角を測定し,面指数を求める。育成した結晶を粉末にして,粉末X線回折法で得た回折図形を用いて結晶を同定する。必要に応じて,主要な構成元素や微量成分を各種の機器分析でチェックできればなお安心である。結晶の硬度や劈開などは同定の手助けとなる。結晶形態も同定の手掛かりを与える。一つの方法ばかりでなく,いくつかの方法で相互に対応づけると確実な評価となる。

 <結晶の物性>目的に応じて,機械的性質,熱的性質,電気的・磁気的性質,電子的性質あるいは光学的性質などを測定する。

 

3 結晶のフラックス成長

 フラックス法によると,融点よりもはるかに低い温度で,多くの種類の結晶を育成できる。成長した結晶は,結晶構造を反映したフラットな結晶面で囲まれている。いくつかの例を挙げる。

(A)ルビー六方両錐結晶

 ルビーAl2O3:Cr結晶は,酸化アルミニウムAl2O3にわずかのクロムCrが固溶している赤色宝石である。7月の誕生石である。固体レーザー発振するエレクトロニクス材料でもあり,硬さを利用した機械材料でもある。
 白金るつぼ中で,溶質(酸化アルミニウムと微量の酸化クロム)と酸化モリブデンMoO3系フラックスからなる高温溶液からゆっくりとフラックスを蒸発させると,赤紫色透明で六方両錐形のルビー結晶(mmサイズ)が成長した(図4)。フラックス成長したルビー結晶は,天然産ではないけれども,人間がつくったまさに本物のルビーそのものである。模造品ではない。

   図4 成長した六方両錐形ルビー結晶

(B)ルビーコーティング

 ルビーコーティングは,六方両錐形ルビー結晶のフラックス育成技術をさらに発展させた技術である。アルミナるつぼ表面に小さなルビー結晶を密集させて成長させることが可能になった。

 アルミナるつぼ中に酸化モリブデン系フラックスと酸化クロムを入れた高温溶液からフラックスをゆっくりと蒸発させて,るつぼ表面をルビー結晶でコーティングした。平成28年11月12日に本校で開催した『人材ふれあいフェア~ものづくり体験教室人工ルビーコース』で作製したルビーコーティングの例を図5に示す。テキスト2)を使った説明のもとで,参加者が作製したルビーコーティングである。

   図5 人材ふれあいフェアで作製したルビーコーティング

(C)その他

 緑色宝石として名高いエメラルドBe3Al2Si6O18:Cr結晶も酸化モリブデン系フラックスから育成できる。光触媒用として開発の六チタン酸ナトリウムNa2Ti6O13結晶も塩化ナトリウムフラックスから成長した。

 

4 フラックス法の歴史

 フラックス法の歴史は明確ではない。自然界では,マグマからの鉱物の生成に見られるように,フラックス法と類似の現象が地下で起こっていたであろう。陶磁器の作製の際には,意識の有無にかかわらず,類似の現象が起こっていたはずである。

 人工結晶に注意が払われ始め,1825年にナトリウムタングステンブロンズNaxWO3結晶を育成した論文が発表された。多分,これは科学的に記述されたフラックス結晶成長の初めての論文であろう。1837年には,ルビー結晶が育成された。これらを契機として,19世紀にはサファイアAl2O3:Fe,Ti,スピネルMgAl2O4やジルコンZrSiO4などの結晶が盛んに育成された。ところが,20世紀の初めに融液法の一種であるベルヌーイ(Verneuil)法が開発されるとともに,フラックス法の使用例はほとんどなくなった。19世紀前半は,フラックス法の空白の時代であった。

 第2次世界大戦後,結晶がもつ機能が注目される時代になった。1954年に強誘電体チタン酸バリウムBaTiO3のバタフライ型結晶がフッ化カリウムKFフラックスから育成された。この論文は,フラックス法が見直されるきっかけを与えた。同じころ(1955年),人類待望のダイヤモンド結晶が高圧下の金属フラックスから成長している。その後,希土類元素(R)と鉄(Fe)を含む酸化物結晶が育成された。それ以降も,フラックス法の特長を有効に活かしながら,数多くの結晶が育成された。

 現在も,機能性結晶材料の作製にフラックス法が多用されている。

 

5 おわりに

 フラックス法は,結晶づくりの十分な楽しさを与え,大きな魅力に富む結晶育成法である。結晶の融点よりもはるかに低い温度で,自形をもつ結晶を育成できる。装置は簡便で,操作はやさしい。

 実用結晶材料の作製,結晶材料の探求や結晶育成の教育にもフラックス法を使用することができる。

 

参考文献

  1. 大石修治,宍戸統悦,手嶋勝弥:フラックス結晶成長のはなし;日刊工業新聞社(2010).
  2. 手嶋勝弥,鈴木清香,大石修治:人材ふれあいフェアものづくり体験教室人工ルビーコース「ルビー結晶をつくろう!」;1-8 (2016).

追記:フラックス法を深く広く研究している信州大学工学部手嶋・是津研究室のホームページのアドレスを以下に示す。ぜひ訪れていただきたい。

http://www.kankyo.shinshu-u.ac.jp/~teshimalab/

(2017年7月12日)
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