塩化ナトリウム(食塩,塩) ~南信で塩が~

大石修治(校長)・柳沢裕二(機械・生産技術科講師)・千葉隆史(電気・制御技術科准教授)

 

1 はじめに

 塩化ナトリウム(化学式NaCl)は,ナトリウムNaと塩素Clからなる化合物であり,ナトリウムイオンNa+と塩化物イオンClが規則正しく配列したイオン結晶である。日常の生活では,食塩や塩(しお)と言い表すことが多い。なじみの食塩や塩の主成分は,塩化ナトリウムである。塩化ナトリウムは,天然には岩塩として産し(主に,アメリカ合衆国やヨーロッパ各国),海水からも豊富に得られる。動物体内の生理作用に塩化ナトリウムは不可欠であり,食用としても使われる。塩味をつける調味料のほかに,食品保存の目的での使用もある。光学材料(プリズムなど)としての用途もあり,工業的に炭酸ナトリウムNa2CO3を製造するためのソーダ工業に使う原料でもある。他に,寒剤・凍結防止剤などの用途がある。

 昔から塩の重要さは認識されてきた。塩にまつわる言葉として,「敵に塩を送る」,「塩梅」,「清めの塩」や「手塩に掛ける」などがある。大相撲では,取り組み前に塩を使って土俵を清める。生活の必需品である塩を運搬する塩の道として,秋葉街道,三州街道,千国街道や北国街道が良く知られている。子どものころ,塩漬けされた秋刀魚は何とも言えないごちそうであった。塩で歯を磨いた経験もある。大石らは,高温溶液から酸化物結晶を育成するフラックス(融剤,溶媒)として,環境にやさしい塩化ナトリウムが有力であることを見いだした1,2)

 海に面しない南信地域(下伊那郡大鹿村)で,海水とほぼ同程度に高濃度の塩化ナトリウムを含む塩水を採取でき,それを濃縮して食塩が製造されている3)。内陸で取れるきわめて珍しい塩であり,山塩と呼ばれる。
 ごく身近にあり,生活に密着している塩化ナトリウムのいくつかの顔をここに紹介する。さらに,山塩の産地である大鹿村の風景などもつけ加える。

 

2 塩化ナトリウムの性質
 

 塩化ナトリウム結晶は立方晶系に属し,その基本的な形態は六面体である。塩化ナトリウムの融点は801℃,沸点は1413℃である。密度は約2.2 g/cm3である。粘度は,1000℃で約0.8 cPである(25℃の水の粘度は0.89 cP)。水100 gに対する溶解度は,35.69 g(0℃),35.70 g(10℃),35.83 g(20℃),36.05 g(30℃),36.33g(40℃),37.08 g(60℃),38.01 g(80℃)である。溶解度の温度依存性はきわめて小さい。

 食品でもある塩化ナトリウムは,毒性がなく取り扱いが容易であるために,理科実験によく用いられる。試薬としては,製品安全データシート(MSDS)4,5)によれば,①危険・有害物に該当しない,②環境への影響も特に問題はない,③眼や皮膚についた場合には多量の水で洗い流せばよい,④使用後はそのまま埋め立て処分が可能であり,大量の水とともに下水に流すこともできる。環境負荷が著しく小さい物質である。

 

3 塩化ナトリウムの用途
 

 思いつくままに,塩化ナトリウム(食塩,塩)のいくつかの用途を列記する。

3.1 食品への利用

 料理で食塩を使用することはきわめて多い。「食塩を使う食品を教えてください」を主婦3人に聞いてみた。

<主婦1>:おやき,すいとん,漬け物,薄焼きせんべい,そば,うどん,ジュース,かぼちゃ干し,まんじゅう,しるこ,甘酒,しょうゆ豆,やしょうま,おこわ,ソルティドッグ,赤飯,菓子,りんご(酸化防止用)。

<主婦2>:何といっても,漬け物。

<主婦3>:まんじゅう,しるこ,甘酒(甘み引きたて用)。

 さすがに食塩をそのままで食することはないようである。3者ともに,料理づくりの調味料として食塩を使用している。食品の主役ではないけれども,多くの食品をつくるうえで重要な役割を果たしていることが明らかである。食塩は,地味ながらも,玄人好みの働きをしている。

3.2 ソーダ工業の原料6)

 化学工業の基礎原料(ナトリウムや塩素の資源)として塩化ナトリウムは重要な物質である。近代初期(17~18世紀)のヨーロッパ社会で,時代を動かすキーマテリアルのひとつがアルカリであった。アルカリは,繊維,石鹸やガラス工業にぜひとも必要な物質であった。18世紀末には,植物から得られるアルカリの中のナトリウムと同じものが岩塩の中にあることが認識されていた。ルブラン(Nicolas LeBlant)が,岩塩を出発として炭酸ナトリウム(Na2CO3)をつくる方法を案出した(1789年)。この方法は,社会に大きな貢献を与えるとともに,環境汚染を引き起こす欠点があった。続いて,1863年にソルベー(Ernest Solvay)が塩化ナトリウム水溶液にアンモニアNH3と二酸化炭素CO2を吹き込むソルベー法(アンモニアソーダ法とも言う)を考え,次第に工業として発展した。現代では,塩化ナトリウム水溶液の電解法でカセイソーダ(水酸化ナトリウムNaOH)が作られている。

3.3 医薬品

 生理食塩液などとして使用されている。

3.4 食品保存と寒剤

 水産物塩蔵などの食品工業に用いる。氷(水)と塩化ナトリウムを混ぜて,空調・冷凍関係や道路凍結防止剤などに用いられる。

3.5 酸化物結晶育成のフラックス(環境にやさしい結晶成長)

 酸化物結晶を高温溶液から育成する際,フラックスとして塩化ナトリウムは必ずしも適切ではないとされてきた7)。その理由は,酸化物の塩化ナトリウムへの溶解度が低いからである。ところが,結晶が成長しないことを覚悟でいくつかの実験を試みると,数種類の結晶を育成できることがわかり始めた。
目的結晶の構成成分(溶質)とフラックスを所定の割合に混合した調合物を白金るつぼに入れる。それを電気炉に挿入し,所定の温度(主に,900~1200℃)に加熱し,数時間保持した後に所定の冷却速度(主に,1~10℃/h)で冷却する。室温まで冷却した後に,固化したフラックスを水で溶解し,成長した結晶を取りだす。
上記の実験操作で,塩化ナトリウムフラックスから成長した結晶を表1に示す(信州大学工学部:大石研究室,大石・手嶋研究室,手嶋・是津研究室)。表1は,結晶の化学式,日本語名称および発表雑誌名,発行年の順序で記載してある。

   表1 塩化ナトリウムフラックスから成長した結晶

  表1からも明らかなように,塩化ナトリウムは多種類の酸化物結晶を育成できるフラックスであることがわかった。成長する結晶は,柱状,針状や薄板状で自形(結晶構造を反映したフラットな結晶面で囲まれること)をもつことが多かった。例えば,塩素アパタイトCa5Cl(PO4)3結晶は六角針状,六角棒状や六角柱状であることが多かった。一方向に伸張しやすい傾向は,溶解度が小さいために,少しの温度変動やフラックスの蒸発で過飽和度が急激に高くなるためと考えられる。あえて急冷実験を試行すると,塩化ナトリウムフラックスの高温溶液(900℃)を放冷するだけの簡便な操作でモリブデン酸カルシウムCaMoO4結晶が成長した(図1)。結晶は,フラットな結晶面で囲まれることがなく,円柱状であった。

   図1 塩化ナトリウムフラックスから成長したモリブデン酸カルシウム結晶

 X線診断の造影剤としてなじみの深い硫酸バリウムBaSO4は水に対する溶解度がきわめて小さいので,水溶液からは微細結晶(最大17μm)が成長しただけである8)。硫酸バリウム沈殿のろ過には,特に目の細かいろ紙を使用しなければならない。ところが,塩化ナトリウムフラックスの高温溶液から育成すると,7 mmを超す硫酸バリウム結晶が成長した8)。微細な結晶として知られる硫酸バリウムも,塩化ナトリウムフラックスを用いれば大型化することができる。
 なお,上の表1の中に硫化物(CuInS2)と窒化物(Ta3N5)がある。塩化ナトリウムは,酸化物以外の物質の結晶育成の有力なフラックスになることを期待させる。非酸化物結晶のフラックス育成も今後の有望な分野である。

 

4 思い出の実験

4.1 小学校のときの食塩

 小学校の時代に,食塩を用いた実験を行ったと思うけれども,確かな記憶がない。そこで代わりに,数10年若返って,現代の小学校5年生が学習する理科の教科書9)を見ることとする。教科書は,カラー印刷で十分な写真や図表を用い,楽しくわかりやすく書かれている。

 食塩は,教科書の「もののとけ方」に登場する9)。主にミョウバンと比較しながら,話は以下のように展開する。(a)水や湯に溶けていく様子の観察,(b)溶ける量の比較(溶解度),(c)水の温度と溶ける量の関係(溶解度曲線),(d)ミョウバンと食塩の結晶の成長,(e)食塩水の重さ。

 児童は,楽しく実験し,食塩が水溶性の物質であることをまず実感する。溶解度を調べ,温度依存性を求める。2の塩化ナトリウムの性質に記したように,水への塩化ナトリウムの溶解度に温度依存性は小さい。したがって,水を蒸発させて水溶液を濃縮すると過飽和になり,水溶液から食塩結晶が析出する。食塩結晶が六面体を基本とする形態であることを理解する。

 溶け方を知るための物質のひとつとして,安全で取り扱いが容易な食塩が選ばれている。「同じ大きさのビーカーに同じ量の水が入っている。先ほど,どちらかのビーカーに10 gの食塩を溶かしたけれども,どちらのビーカーであったかを忘れてしまった。舐めずにどちらが食塩水であるかを調べる方法を説明せよ。」との記述がある。日常に起こりがちなことの解決法を児童に考えさせている。

4.2 水蒸発法による塩化ナトリウム結晶の成長

 塩化ナトリウム水溶液から水をゆっくりと蒸発させて育成した塩化ナトリウム結晶(信州大学工学部の学生実験で昭和50年代前半に作製)を図2に示す。

   図2 水溶液から成長した塩化ナトリウム結晶

 結晶は白色または無色であり,大きさはmmサイズである。結晶の形態は,教科書に記載の通り,結晶構造を反映したフラットな結晶面で囲まれた六面体である。

 

5 大鹿村の塩 

 南アルプスの麓に人口約1050人の大鹿村がある。大鹿村は,「日本で最も美しい村」連合に加盟し,ユネスコエコパークにも登録されている。山また山の美しい風景を誇る村である。一例を図3~5に示す。図3では,秋の澄んだ空気に黄葉が美しい。図4は,村中を流れ下る小川である。川底の石が見え,透明できれいな水である。図5は,山に向かう道であり,真中に草が生えている。のんびりと歩きたくなる山里の風景である。

   図3 黄葉し始めた山々

   図4 村内を流れる小川

   図5 山に向かう道

 大鹿村の鹿塩(かしお)地区には,海水とほぼ同じ塩化ナトリウム濃度の塩水が湧き出ている。鹿塩という地名は,鹿が塩水を飲みに来るためにつけられたという。塩水を煮つめる(水を蒸発させる)と,4思い出の実験にも書いたように,塩(塩化ナトリウム)が固体として析出する。析出した塩は,お土産用に「山塩」として市販されている。大鹿村産の塩についての歴史的背景は文献3)に詳しい。

  塩を豊かに含む水は海水であると誰もが思う。海から遠く離れた山深い大鹿村に塩水がなぜ湧き出るのかが大きな疑問である。明治時代に,鉱物としての塩である岩塩が溶けて塩水が生成すると予想して岩塩の存在を調査したけれども発見できなかったという10)。いまだに塩水が湧き出す原因はわからないようである。

 大鹿村には,大鹿村中央構造線博物館がある。中央構造線北川露頭はぎ取り標本は,断層中心部をはぎ取ってそのまま展示してあり,大きくて迫力がある。

 大鹿村といえば,有名な歌舞伎の里である。春と秋に大鹿歌舞伎の定期公演が開催される。図6は,平成26年に開催した秋の定期公演の様子である。昔から,芝居を愛する村人によって歌舞伎が伝えられてきた。山里に伝統が蓄積され続けている。

   図6 大鹿歌舞伎

 

6 おわりに

 身近にごくありふれた物質である塩化ナトリウム(食塩,塩)は,私たちが生活を営むために必須であり,昔から政治的や経済的にもきわめて重要な役割を果たしてきた。塩化ナトリウムには,料理,工業,医薬品,食品工業や結晶育成用フラックスなどの幅広い用途がある。山塩は,内陸の南信地域で採取できる貴重な食塩である。今後とも,塩化ナトリウムは身近で幅広く活躍するであろう。

 

謝辞

 長野県上伊那郡南箕輪村立南部小学校の田中早苗教頭先生には,小学校での理科教育についてのご教示をいただいた。記して深く感謝の意を表する。

 

参考文献

  1. 大石修治,宍戸統悦,手嶋勝弥:フラックス結晶成長のはなし;日刊工業新聞社 (2010).
  2. 大石修治:塩化ナトリウムフラックスからの酸化物結晶の育成;Journal of the Society of Inorganic Materials, Japan, 10, No.305, 268-273 (2003).
  3. 市川正夫:日本の屋根長野県の鉱山と鉱石;信毎書籍出版センター (2010).
  4. 製品安全データシート(和光純薬工業(株)).
  5. 製品安全データシート(関東化学(株)).
  6. 大谷杉郎:新工業化学概論;裳華房 (1986).
  7. D. Elwell, H. J. Scheel:Crystal Growth from High-Temperature Solutions;Academic Press (1975).
  8. 大石修治,毎田 繁,小平紘平:硫酸バリウム結晶の育て方;化学と教育,45, 572-575 (1997).
  9. 癸生川武次:楽しい理科5年;信州教育出版社,132-149 (2016).
  10. JA長野県 いいJAん!ホームページ(http://www.iijan.or.jp/oishii/area/post-1085.php

(2017年6月30日)

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